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GODZILLA ゴジラ

GODZILLA ゴジラ

 BDを見て参りました。
 見た映画は「GODZILLA ゴジラ」

【ストーリー】
日本の架空都市・ジャンジラには原子力発電所があり、街には原発の技術者たちやその家族が住んでいた。ブロディという技術者夫婦とその息子・フォードは日本の伝統的な家屋で暮らしていたが、原発が謎の事故でメルトダウンしてしまい、妻・サンドラは事故に巻き込まれて死んでしまう。
それから15年後。フォードは米軍の大尉になっていた。戦地からアメリカに帰還し、家族との楽しい日々を送ろうとした矢先、日本で父・ジョーが逮捕されたという連絡が入る。水をさされた形で日本にやってきたフォードをジョーが説得し、ジャンジラに不法侵入して事故の真相を探る二人。
巡回していた警備員に捕まり、彼らは原子力発電所跡地に立てられた謎の施設に送り込まれる。施設では芹沢博士が放射線を吸収し続ける謎の生物の卵を観察していた。芹沢博士は15年前、フィリピンの炭鉱で巨大生物の化石を発見しており、それがきっかけで施設の最高責任者に任命されていたのだった……。


みんしーやん的評価:
A

 というわけで、ギャレゴジの話をしていたら見たくなったので見ました。

 まあ、この後書こうと思う「シン・ゴジラ」である程度かぶることを言ってしまうので、こっちはさっくりと進めたいと思います。

 怪獣映画、という括りの中ではありますが、非常に面白い映画だと思いますよ
 やはり怪獣が非常に魅力的に描かれているように感じます。ゴジラ、そしてムートー、どちらもフルCGの怪獣でありながら、非常に表情豊かに描かれています。特にムートーなんか「生物間を感じさせないデザインを意識した」という割には、非常に感情豊かな動きをしているじゃないですか。つがいでイチャイチャしたり、子供を爆破されて激おこだったり。そりゃそうだよ、子供が爆破したらお母さん起こるよ。
 ゴジラはゴジラで、大きくため息を吐いてみたり、そもそも最後の熱線だって、あのダイレクト噴射はゴジラの悲壮感がありありと詰まっているではないですか。
 まあ、そういうエモーショナルなところが、ゴジラには似つかわしくない、と思われるのでしょう。
 後は怪獣たちの感情だけでなく、怪獣が登場する場面にも非常に気が使われています。画面の中で起こる何かを視線で追いかけていくだけで、巨大な怪獣に到着するというのは、非常によい演出なのではないでしょうか。秀逸なのはハワイのゴジラ登場までの場面で、「停電⇒復帰で線路にそって該当がついていく⇒その先にムートーがいる」流れと、「人間がムートーを攻撃し、その光が移動していく⇒その先にゴジラが」という流れは、怪獣映画としてだけでなくても、魅力的な構造でしょう。

 ストーリーは、まあ基本王道なので、可もなく不可もなく。しいて言うならば、主人公がムートー、もしくはゴジラに対して因縁を感じていないので、そもそもこの人が主人公である、意味が無いのですよね。せっかくお父さんとムートーの因縁があるんだから、ここをもっと掘り下げていくべきではないのかな。終盤でゴジラと何かシンパシーめいたものを感じていましたが、それも唐突過ぎて、あまりゴジラと彼がリンクしない
 核兵器の扱い方や日本の描き方については、それを過度にあげつらう輩が多いのは承知していますが、意識していないものを正しく表現することは出来ないので、仕方ないのではないですかね。じゃあ東京のテレビ局がドラマで青森を舞台に画を撮るときに、青森の実情に沿った描き方をするのか、って話ですよ。ステレオタイプな表現しかしないでしょ?
 どうせ都会は映さないで、ハズレの存分に残った自然、もしくは判で押したようにリンゴ農家を舞台にして、勿論住んでる人全員が現在進行形で津軽弁を使いこなしているんでしょう。それと何が違うのか、って話ですよ。
 これがドキュメンタリーや、ドキュメンタリータッチの映画であれば勿論大問題ですが、怪獣映画なら十分無視できる。そもそも日本の怪獣映画ですらそうなのに、なんで他所様にだけいけしゃあしゃあと文句が言えるのか、って話ですよ。

 まあまあ、確かにストーリーに疑問はいっぱいありますが(そもそも基本的な骨子がガメラと似通っているのは、確かに圧倒的な事実)そこに目を瞑るに値する、怪獣映画としての魅力があると思います。

 あとの不満は、結局渡辺謙は何もしてなかった、ってことでしょうかね。

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