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FINAL FANTASY

FINAL FANTASY

 DVDを見て参りました。
 見た映画は「FINAL FANTASY」

【ストーリー】
西暦2065年の地球。かつて隕石とともに現れた謎の侵略者ファントムの襲来を受け、人類に未曾有の危機が訪れていた。どんな物質も透過して進み、あらゆる武器が効かず、触れただけで命を奪う無敵の存在達に、残った人類はバリアシティに暮らしながら、生命力を兵器に転用し、わずかな抵抗を続けていた。
そんな中、老科学者のシドと女性科学者アキはファントムを無力化させる融和波動を発見、これをもつ8つの生命体を探して人類を救おうとしていた。一方で政府は最終兵器を用い、ファントムの本拠、隕石を叩いて一気に戦争を終結させ地球を守ろうと計画を進めていた。やがて知る驚くべきファントムの正体と生命波動の関係。果たして地球の運命は……。


みんしーやん的評価:
C

 常々思うのですよね。
 興行収入と映画の面白さは、比例も反比例も、何らの関連性ももたらすものではない、と。
 映画の面白さを決定する要素は「論理的な突き詰め」「感性への訴え」であり、それ以外に映画の面白さを決定する要素はない。そして、それらが興行収入に反映されることもない
 何故ならば、どんなに物語論、演技論を極限まで突き詰めたところで、見る側がそれを分かっていないバカしかいなかったら理解されることはない。逆に感受性に訴えたところで、見るヤツがろくなセンスも持たない能なしだったら、それらが受け入れられることもない。完璧な理論完璧なセンスで持って作られた映画が、興行的に失敗する例はどれだけでもある。
 もちろんその逆も然り。論理や感受性なんてなくても、俳優と知名度と、宣伝と、そして過去の評価で、高い売上を出すこともある。むしろ、高い売上を上げる映画は、今やそちらに比重が置かれている。どんなにいい映画も、俳優と知名度と宣伝がなければ全く評価されない。評価の舞台にすら乗ることがない。そういうのを評価するのは、一部の、本当に一部の映画ファンだけで、そして彼らは「マニアック」というくくりに追いやられ、その評価を「特殊で異質だから」と、よく言えば参考意見、悪く言えば参考にならない意見と、隅に追いやられるのだ。
 それをいいように嘲笑うためだけに、偏屈な老人があらゆる権力を導入して、そのためだけに最後に創りだした映画が、「風立ちぬ」だと思うのですよ。
 自分はジブリは見ないので、この映画の批評はしません。ただ、伝え聞く話だと、映画論の構築やセンスなどが卓越していると思うのです。そしてそれ以上に、映画を見る前に必要な前提となる知識も、かなり高いハードルを要求している。
 当然、子供がそれを知るはずもない。大人だってわかりゃしない。でも、1位になっちゃう。それは「映画論」や「センス」を、理解できないまでも肌で感じているから、なんてことでは全く無い。
 とどのつまり、映画を売るためには、そんなものは全く関係がない。
 きっとこの映画が売れたのを見て、あの偏屈な老人は高笑いしながら、いかに一般人が無知で愚かかを、嘲笑っているんだと思う。本当に、皮肉な意味では全く無く尊敬に値する偏屈な老人だと思う

 勘違いしないでいただきたいのは、じゃあ論理や感受性なんて意味が無い、ということではない。
 興行収入と映画の面白さが、全く関係ないところにある、という話なのです。

 ……と、いうわけで映画「ファイナルファンタジー」の話になるわけですよ!

 歴史的な興行的失敗、という側面ばかりがクローズアップされ、それを跡追いする形で、「ストーリーがつまらない」「絵は綺麗だけど」という評価がつきまとっているわけですが、果たしてその評価は正しいのか。興行的失敗という事実の前に、映画への評価が霞んでいるような気がしてなりません。
 ちょうど、「FF15」の映画がやっているではないですか。この機会に見ておくのもいいのではないか、と思ったわけです。他人の評価ではない、自分の目で物事を見るのは大事なわけです。

 それでまあ、感想なわけですが……。

 あのね、思ったよりかは、面白くなくはなかった
 この映画の公開が2001年。あれから15年。色んな映画を見てきました。
 その中には本当にいろんな映画がありました。
 軍が作った兵器蜘蛛が大暴れするという、どこかで見たような導入部から誰も見たこともないエキセントリックな戦闘描写を経て、どこかでよく見るエンディングの映画だって見ました。
 そんな映画に比べたら、正直、そんなにつまらないと切り捨てるほどのことではないと思うのです。
 あ、いや、キングスパイダーを映画の範疇に入れるなら、ですよ! そこに議論の余地があるのは把握してますよ!
 改善点はいくらでもありますが、少なくとも、ストーリーそのものにそこまで批判する要素はないと思うのです。
 ただ当時は、ファイナルファンタジーお得意の「地球ガイア論」に辟易していたのもあるかもしれません。そう、地球ガイア論です。FF7で結構露骨に提唱されていた地球ガイア論です。皆様もやったでしょ? 「絶対エアリス生き残らせる方法があるはずだ!」って。まあバグで実現しちゃうわけですけど。あのライフストリームとか、あれが地球ガイア論です。
 まあ話を戻しまして。
 ストーリーはそこまで卑下するものでもないと思うのです。
 ただ良くないのは演出の方。盛り上げなきゃいけない幾つかの場所で、それがまったく盛り上げられず、淡々とこなされてしまう。音の一つでも盛り上げればいいものも、それも平坦。というか、サウンドは全体的に弱めなので、盛り上がりにかけてしまうのですよね。
 サウンド以外にも、非常に画作りが弱い気がします。そして多分その原因は「フルCGで作成していること」であり、細かい機微を表現することができなかったり、一瞬だけ挟まれるシークエンスのためだけに画を作ることの、おそらく予算的な問題などもあり、メリハリがなく、冗長な演出が目立ってしまっています。
 最大の売りである「(2001年時点での)フルCG」という事実が、映画の面白さとしては思い切り足を引っ張っているのは、皮肉でもあり、面白くもあります
 後は、これも演出に関わることなのですが、このストーリー、本質的には「B級SF映画」なのですよね。それを「超大作映画」としてリリースしようとしているところのちぐはぐさがある。一応上映時間は100分くらいなので、時間的には問題はないのですが(これって、多分今同じことをやられたら2時間半くらいの映画になるよね)、雰囲気とか押しの強さとか、そういうところで大作感が出てしまっている。ここをもっと、エンターテイメントに特化して、そこにお得意の地球ガイア論を混ぜ込めば、興行的失敗ばかりが取り沙汰される作品にはならなかったのではないかな。

 まあそんなわけでして、見直したらそこまで残念なものでもありませんでした
 勿論、手放しで賞賛できるものではないし、評価点よりも課題のほうが目立つ作品ではあります。
 ただ、興行的失敗という、言わば映画の評価とは無関係のところに引っ張られて、映画を本質を見逃すのは、非常に勿体無く、また、映画に対して失礼な行為なのではないのかな、と思う次第でございます。

 だからといって、進撃の巨人が面白いかと言われたらそんなことはない
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