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10 クローバーフィールド・レーン

10 クローバーフィールド・レーン

 映画を見て参りました。
 見た映画は「10 クローバーフィールド・レーン」



【ストーリー】
目を覚ましたら、シェルターの中にいることに気付いたミシェル(メアリー・エリザベス・ウィンステッド)。その日から「きみを救うためにここへ連れてきた」と話すハワード(ジョン・グッドマン)、自らシェルターに逃げてきたエメット(ジョン・ギャラガー・ジュニア)の3人のシェルターでの共同生活が始まる。ハワードは、本当に信用できるのか?それとも別の目的がある悪人なのか?疑心暗鬼の中、共同生活が続いていく――。 ある日、ミシェルは必死にシェルターから抜け出そうと試みるが、「ドアを開けるな!皆 殺されるぞ!」と叫びながら制止しようとするハワード。ミッシェルはシェルターのドアまでたどり着く。ミシェルの表情が恐怖と驚きに満ちた表情に変わっていく。 シェルターのドア越し、彼女の眼に見えていた世界とは――?


みんしーやん的評価:
C-

 というわけで見てまいりましたよ。
 「クローバーフィールド」の名前が入っている通り、嫌が上でも「クローバーフィールド」と関強調文連付けて考えてしまうわけです。と同時に、この「クローバーフィールド」という名前に対しては、それと関連付けるものの全てが「特に関連付けられてないんじゃないのほんとは?」という疑念を抱いてしまうのもまた事実。自分は「直接的な関係はないんでしょ?」という、どこか切り離したところでこのタイトルを見ていました。
 まあね、「クローバーフィールド」はそのプロモーションで「関係有るのかないのかよくわからない映像」山のように見せられていたので、その一環にこの作品も連ねられているんですよね。だから、特に「あの怪物」が出てこなくても、不満はありませんでした。

 ありませんでした、が!
 じゃあこの作品って何よ、ってところですよね!
 「クローバーフィールド」の何が良かったかって、あれはそのプロモーションとPOVを全て含めて「本当に巨大な生物がいたかのような体験」をできることですよ。ハンディカメラに残された巨大生物の姿。実際にあった出来事はそこに残されていても、なぜそうなったのかは分からない。そのヒントは、不鮮明な断片として幾つかの映像が残されている。そういうのを寄せ集めて「本当に怪物がいたんだねー」というシュミレートをできるところが、楽しかったと思うのですよ。
 じゃあ、今回はどうかというと、「何もかもが遠い世界の話だし、正直どうでもいい」というところでしょうか。

 この映画ですが、いくつかのミスを犯しているのではないかと思います。
 それは一つではなく、幾つもが複雑に絡み合っています。映画そのものも問題もありますし、そして、これもいつも通りのことですが、日本でのプロモーションが最悪だということでしょうか。











 どんなところが問題であったのか、いくつか箇条書きで書いていきます。


①日本のプロモーションがダメ編:翻訳が戸田奈津子

 もうね、この女を使うのは害はあっても益はないからやめようよ。タイトルバックで翻訳者の名前が出た時点で、正直見る気がなくなる
 細々とした翻訳の表現がいちいち拙いのは当然だし、「No Service」に「通話不能」、「Called」に「通話終了」みたいな、どうでもいい訳をいちいちつけてるのは、中学生がつける訳のやり方じゃないですか。簡単な英語だから見ればわかるし、わからなくても、状況でそれは理解できるから。電話が切れりゃ「Called」だし、電波が届かなければ「No Service」なんだよ。そんなものはわざわざ出す必要はない。出てくることで、ノイズになる。そういう細かいところの下手さがいちいち目について、本当に苛々するんですよ。
 極力英語を聞こうとしていましたが、如何せん私の英語力ではそれも限界がありますからね
 最近この女の翻訳を見ないから、ああもうやらないんだね、って安心してたところにこれですよ。
 ただまあ、映画を見終わった後で、この溜飲はちょっと下がりましたね。
 ああ、結果的にこんな場末感漂う映画の翻訳が振られるようになったんだな、と。


②日本のプロモーションがダメ編:予告編がひどい

 まずは、こちらを御覧ください。



 ……。

 みましたかー?
 どんな印象を受けましたか?
 「あらゆるフォームで襲ってくる」という文言と、最後に露骨に出てくる宇宙船を見て、普通の人はこう思うと思うんです。
「きっと、宇宙人が攻めてきたことは公然となっており、それが人間に変化するため、目の前にいる人間が宇宙人なのか人間なのか分からない、っていうかそれ遊星からの物体Xじゃねぇか!と。

 実際は全く違いますからね!
 トップにおいた予告編を見ていただけるとわかると思うのですが、この映画がやりたいのは
「デブのおっさんは宇宙人が来たって言ってるけど、それって本当なの? どうなの?」
ってサスペンスですから。おっさんが嘘付いてるのかどうなのか、本当だったらここにいるのが安全だけど、でもこのおっさんどう見ても気が違ってるし、どうすればいいの? って言うところのハラハラが、物語の骨子であるわけですよ。なので、そういう方向性で予告編も作る必要があるわけです。実際、トップに置いた予告編はそういう方向なんですよ。
 じゃあこの量販されている予告編の、何が問題か。
 大オチが全部出ちゃってることだよね!
 結局この予告見たら、宇宙人出るのは分かってるわけだから、おっさんが嘘付いてるわけじゃないというのはすぐわかるし(予告編の映像が妄想というなら、それはそれでいい予告編だけど、映画としては全く面白くないでしょうな!)そしてヒロインが地下室から逃げ出すことも、容易に理解してしまうわけですよ。
 一番大事な、「逃げられるのかどうか」「宇宙人は本当にいるのかどうか」の答えを、予告編で全部出してしまってる。
 こりゃもう、罪が大きい。なんなら、見ないほうが良かったレベルの予告編
 本当にね、こういうのやめてほしいわけですよ。
 「ヘイトフルエイト」でも嘘予告を平然と流してましたが、こちらは「完全ネタバレ動画」ですからね。ふざけんな、って話ですよ。
 私の名誉のために言っておきますが、世の中に凡百溢れかえっている「ネタバレだから駄目だ」と言っている、たわけた方々と同じわけではないのですよ。例えば、「これはミステリー映画です」と名乗って「犯人はこいつです」となっているのなら、まだよいのです(よくはないけど)。「この映画は痛快アクションエンタテイメントです」と偽って予告編を作り、「じゃあ犯人はバレてるけどアクション映画なら大丈夫だよね」と警戒心を下げたところに、実はミステリー映画だった、という構成が良くないということなのです。
 そこをご理解頂きたいわけですよね。


 じゃあ、この映画がダメだったのは、結局日本のプロモーションが問題だったのか、と。
 それが、そんなことはないわけですよね。
 戸田奈津子やネタバレ動画なんで、正直些細な問題で、ネイティブを理解できる人が予告みたいで映画を見たら面白いかって言うと、そんなことはないと思います。


③映画としても問題編:外の世界を見た時の女性が良くない

 じゃあ予告編は忘れるとして、「おっさんが嘘を付いているかどうか、そして逃げられるかどうかサスペンス」として見たとしても、全くバランスがいびつなのではないかと思うのです。
 第一の良くないところは中盤。おっさんから鍵を奪い外に逃げようとしたところで、外の世界にいた女性を見たことで、ヒロインは「外は危険だ」と理解するわけです。
 ここの振り幅が、良くなかった。
 何故なら、この女性がぱっと見て「外の世界の何らかの要因で非常に危険な状態になっている」と分かるようなビジュアルをしていない。有り体にいえば、中途半端にただれたメイクをしているだけだし、それも汚れたすりガラスの向こうなのでよくわからない。なので、ヒロインがドアを開けるのを躊躇した理由もいまいち納得しづらい(女性の声のトーンが変わったから、と言われれば納得できるけど)。もっと、通常の生活では考えられないほどぐしゃぐしゃに造形を崩せば、そりゃやばいことが起きているのだろう、と理解できる。「本当にやばいんだ」ということがビジュアルで理解できないから、その後のヒロインの意識づけに疑問が残ってしまう。
 更に言うならば、逆に、この女性のシークエンスでも「外が危険だ」ということへの疑問が拭えない、という展開にしたほうが良かったのではないかと思うのですよね。結局、ヒロインがここで「外は危険だ」と理解してしまった以上、「おっさんが嘘を吐いているか否かサスペンス」は終了してしまうわけですから。そこが「おっさんはやっぱり危険人物だ」と気づくまでの中だるみに繋がってしまっているように感じます。この女性のシーンで「いや、まだおっさん信用出来ないぞ」っていうのを残しておけば、底冷えするような緊張感が残ってよかったと思うのですけれどね。


④映画としても問題編:防護服のあれやこれやが現実的ではない

 終盤前、おっさんから逃げることを決め、ヒロインと男性は防護服を作るわけです。
 いや、バレるでしょ。あんな狭いところで共同生活してるんだからさ。なんでばれないと思うの?
 そして、なんで最後の方までバレてないの?
 という、非常にご都合主義感漂う展開が、なんだかなぁと。
 ついでに言うなら、あの防護服とガスマスクで安全が確保されたと、なぜ思うのか。そこにもやはり、ご都合主的なものを感じてテンションダウンです。


⑤映画としても問題編:おっさん編と宇宙人編のバランスの悪さ

 首尾よくおっさんの地下室から逃げることができると、今度は宇宙人が襲ってきます。
 この辺りの、少し前まではまだ太陽が出ていたのに、一瞬で夜の闇夜に放り出された時間の経過は、ビジュアル的にも良く出来ていたと思います。
 ただ、この宇宙人とのバトル、結構尺があるんですよね。おっさんとのサスペンスが主題なのであれば、この宇宙人はいわばオチに当たるところで、宇宙船が出てきたところで
「うわあ、本当に宇宙人がいたんだー!(ドーン)」
で、おしまいでいいでしょう。ここでエンドロールですよ。要は、チャールストン・ヘストンが半分埋まった自由の女神を見つけるところですよ。
 ところがこの宇宙人とのバトルが、それなりに続く。逃げて隠れて逃げて見つかって隠れて捕まって燃やして落ちるところまで、紆余曲折があるわけです。
 これをやるんだったら、おっさん編をもっと短くするのと、おっさん編にももっと宇宙人の存在を匂わさないとダメでしょう。SFアクション要素にしては短すぎるし、サスペンスの落ちとしては長すぎる。
 そもそも、実はその前のおっさんからの逃走劇が、まだ解決していないのですよね。確かに爆発はしたけど、おっさんの死体が上がってない以上、それは解決したとは言えないでしょう。サスペンスなのに明確な結論が与えられない以上「このおっさんはまだ生きてる」と思われても不思議じゃないし、そんな状況で宇宙人編に突入されても、すっきりとはいかないでしょう。


⑥映画としても問題編:宇宙人の造形ががっかり

 もうね、何時の時代の宇宙人観なんだと
 「スーパー8」の時も思ったのですが、あれだけ最新鋭の戦闘機でやってきている奴らが、どうして全裸のクリーチャーなのか。よしんばあれが「宇宙人が開発した生物兵器」であったとして、なんで一匹だけ出てくるのか。


⑦映画としても問題編:宇宙人が弱い

 そして、それが火炎瓶一発で宇宙船ごと破壊されるっていうね



まとめ

 やりたいことはわかるんだけれども、上手く進みたい方向に舵が取り切れていない印象を受けます。
 日本での配給の問題をつらつら上げましたが、擁護するなら、きっと本編を見て狙いの定まらなさを受けて、ああいう奇策に出たのでしょうかね。たしかに、映画自体は非常に地味で、宇宙人編に突入するまで、全く綺麗な画は出てこないので、受けが悪いと思ったのでしょう。翻訳に戸田奈津子を据えるところからも、気合の入らなさがありありと見て取れます。
 そして映画単体としても、特に目新しい物はない。クローバーフィールドが、ほぼ出落ち気味に目新しいコンセプトを突きつけたのはあまりにも対照的でしょう。
 別段「目新しい物がない」ことだけがダメだ、などと、日本の映画関係者のような素人みたいなことは言いませんよ。ただ、「目新しい物はないが丁寧に作られている」わけでもないのです。
 ついでに言えば「クローバーフィールド」の関連作としても、関連が明示されないので(あの飲み物がスラオシュだったのかな……そうは見えなかったけど)全く何のために存在しているのか、わからない映画でありましたな。

 まあ、ヒロインの方はなかなか良かったと思いますので、それ目当てで見に行くのであれば、止めはしませんよ!

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