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デッドプール

デッドプール

 映画を見て参りました。
 見た映画は「デッドプール」



【ストーリー】
ウェイド・ウィルソン(ライアン・レイノルズ)は、以前は優秀な特殊部隊の傭兵(ようへい)として活躍していたが、今は悪者を気まぐれに痛めつけては金を稼いでいる。すっかり正義のヒーロー気取りの彼は恋人との結婚も決まり幸福の絶頂にあったが、いきなり末期ガンだと診断される。とある組織にガンを根治できると聞いたウェイドは、彼らに同行して人体実験を受ける。


みんしーやん的評価:
A

 はい、見てきましたよ! デッドプールさんですよ!

 結論から言えば、実に、実に楽しい作品でした。なんだろうね、映画ってこういうものだよ。どこまで言っても映画に必要なのはエンターテイメントだし、たとえ深く考えさせられる芸術的な作品であったって、「芸術を理解している自分」を認識して楽しむだけのエンターテイメント作品だしね。そういう意味では、全ての映画は何らかのエクスプロイテーション要素を持っていると言っても過言ではないわけでね。
 心の機微を丁寧に描き切ったミニシアター系の映画と、名優が勢揃いして繰り出す本格ミステリーと、お姉ちゃんがおっぱいだして人がいっぱい死ぬ映画は、全部対等に価値のあるエンターテイメントでしかないわけですよ。
 その辺りをわかってないから、日本のエンターテイメントは総じてつまらないわけですよ。より「感動的」「哲学的」「高尚」なものを勝手に切り分けて価値を上げてるから、エンターテイメントの作り方がわからなくなってるんだ。エンターテイメントに「所詮」なんて枕詞をつけて語ってるから、ちゃんとしたエンターテイメントを作れない。「所詮」エンタメだから話題の俳優を集めとけばいいんでしょ? 「所詮」エンタメだから漫画原作で十分でしょ? 「所詮」エンタメだから演技力とかそこそこでいいでしょ?
 そういう気の抜けたことをしないで、相手を楽しませることを真剣に考えて、真剣に実現させないと、人って心を動かしてくれないものなんだぜ。だったらエンタメなんかよりも、よっぽど叙情たっぷりの感動ものの方が、制作のハードルは低いんだよ。

 そういう意味で言えば、このデッドプールだって十分に「感動的」「哲学的」であるんですよ。まあ「高尚」では間違いなくないですけどね!
 近年の映画でここまで笑わせてくれたのは久しぶりでしたね。下ネタが多め、というか半数以上そうなんですけど、それを含めた小ネタの全部に対して「つまらない」と感じることがなかったのは、もう奇跡的なことなんだと思うのですよ。









 でまあ、同じアメコミと言いますと、直近では「シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ」「バットマンvsスーパーマン」なんかがあるわけですが、ストーリー的にはそいつらと比べても、今回のデッドプールは面白かったと思いますよ。
 でまあ、何でこっちの方が面白かったかと言いますと、見たい人のニーズを的確に捉えてそれ以外をタイトに切り詰めることで、見たいものだけを提供できたからじゃないかな、と思うのですよね。
 バットマンvsスーパーマンはそこを見誤ってしまったと思うのです。
 だってみんなが見たいのは、バットマンとスーパーマンがドーン!バーン!ドカーン!って戦うところじゃないですか。それを、あんな重たい話を重たいテンションで見せられたら、そりゃもう退屈になってしまう。実際、バットマンとスーパーマンがドーン!バーン!ドカーン!と戦うところと、ワンダーウーマンがドーン!バーン!ドカーン!と出てくるところは最高だったじゃないですか。
 それ以外の、必要ではあるかも知れないけど特にニーズがある部分ではないところの比重が、観客が想像し、期待するものに対して大きすぎたのですよね。

 シビルウォーは、それまでの8作でしっかりとストーリーが作られた結果、ある種連ドラ的にストーリーに訴求力が持てたのではないかと思います。同じようなことをやってもバットマンvsスーパーマンより評価が高かったのは、要は「ずっと見てきたあのヒーローたちがどうなってしまうの!?」という訴求力が大きい。もちろんこれは、そういう戦略を立てたMCUの作戦勝ちで、同じことを(マンオブスティールという下地はあったにせよ)ほぼゼロからやろうとしたバットマンvsスーパーマンに無理があったのは、致し方のないことです。
 で、今回のデッドプールはどうかというと。
 一応、X-MENのシリーズにがっつり組み込まれてはいますが、そこはあまり重視しなくてもいいのかなと思います。というのも、見に来る人に「X-MENシリーズのスピンオフ」という意識は、そんなにはないと思うからです。
 前述二作とは違い、ヒーローのマッチングものではなく、あくまでもデッドプール個人の話。自分が被った被害を晴らすための物語に終止しても何も問題はないわけです。別段ヒーロー同士で闘う必要もないから、その理由を持ってくる必要もない。過去のヒーローを掘り下げる必要もない。現に、コロッサスとネガソニック・ティーンエイジ・ウォーヘッドさんは全く掘り下げられてなどいませんでしたからね。ただそれでも十分。X-MENの世界観にいるということは分かるし、スーパーヒ-ロー的な活躍もする。

 デッドプールを見たい人は、結局デッドプールのやりたい放題さ加減を見に来たわけで、その点で言えば満点です。
 のっけのタイトルバックからやりたい放題だし、その後も自由気まま。お得意の第四の壁を自在に突破してくるし、メタ発言はお手の物。小ネタは書き出せば切りがない。メタらない発言も下ネタ多めで(個人的には)けらけら笑いながら見れていた。
 それこそまさしく、デッドプールにしかできないことで、みんなそれを見にきた。それが、見られた。だから満足。
 もちろんストーリーも大事だけど、それこそ重厚なストーリーは必要とはされていない。それは映画に道筋を与えるという意味以上はなくて、であればストーリー自体は単純素直にまとめて、デッドプールの面白さを邪魔させない。
 だからこそ、みんながみたい、クソ身勝手でやりたい放題なデッドプールを描くことができたのではないでしょうか。

 正直、お気に入りの小ネタはあげると切りがないですが、「2回目にタクシーに乗った下り」リーアム・ニーソンの子供を誘拐する下りですかね!

 登場人物で言えば、親友のウィーゼルが最高。
 親友といいながら命を賭けの対象にするし、変貌したデッドプールさんによく分からないたとえでストレートに拒否するし、エイジャックスに襲われたときは「大変なんだ『俺たち』」と自分を先に主張、そして「行くべきなんだろうけど、行きたくない」発言。でも決して友人を売ったり、裏切ったりはしない(積極的に協力もしないけど)。ダメ人間だけどいい奴という、非常においしいポジションでした。

 不満もなくはないですが、正直粗探しのレベルです。若干ストーリーが素直すぎるのと、デッドプールの第四の壁を突破する「能力」に覚醒する瞬間がなくて、ぬるっとこっちに干渉しだしたことですかね。まあでもそれをがっつり書かれても困るし、そもそも今回のデッドプールは)ふざけてはいるけど)まともな人間なので、ここはさらっと受け流すべきなんでしょうね。
 少なくとも、こちらのニーズを邪魔するようなことではない。

 そんなこんなでおもしろかったです!
 エンドロール後のあれが「フェリスはある朝突然に」のパロディだということは、パロディ元を知らなくて気づかなかったので、そっちを見てからもう一度みようと思います。
 あと、続編の話は、ケーブルの名前(メル・ギブソンとドルフ・ラングレンと、なぜかキーラ・ナイトレイの話も)がでたので、また空中で極太レーザーぶっ放してくるのかしら!



 余談ではありますが、映画を見終わった後何かのレビューで、ウェイドが酒を注文して喧嘩を煽るシーンで「吹き替えだとどう訳すんだろう? 訳すわけにはいかないけど、そのままじゃ意味が通じないよね」みたいな主張があって「いや、ブロウジョブぐらいわかるだろう。ばかじゃねぇの?」くらいに思っていたわけですが、冷静に考えたら「ブロウジョブ」の意味を知ってることは何一つ自慢になることではなく、それに気づいたみんさんはとても悲しい気持ちになったことだけ、最後に付記しておきます。

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