インビジブル・スクワッド

インビジブル・スクワッド

 DVDを見て参りました。
 見た映画は「インビジブル・スクワッド」

【ストーリー】
ヒーローに憧れる内向的な少年ミケーレは学校でいじめられてばかりいた。ある時、トイレに閉じ込められ、ペイントガンの標的にされたミケーレは、抱えていた怒りを爆発させてしまう。すると、いつの間にか体が透明になり、服を着ていなければ誰にも見えない透明人間になっていた! 突然の変化に動揺するミケーレ。そんな彼の前に、同じ特殊能力者であるアンドレイという男が現れ、<ディヴィジョン>という謎の組織のことを語り始める。<ディヴィジョン>は、特殊能力を持つ可能性のある子供を次々に誘拐し、戦争兵器として利用しようと企んでいるというのだ。自らの能力と使命に気づいたミケーレは、子供たちの命と平和を守るため、目覚めたばかりの特殊能力を使って組織のアジトに乗り込むのだが…。他人の肉体を自在に操る男、無限に伸びる腕、テレポーテーションや読心術…。敵の組織に蠢くあらゆる能力者たちとの、地球の命運をかけた超能力バトルがいま始まる! !


評価:
A

 「インビジブル・スクワッド」という「わたしらスーサイド・スクワッドに便乗しましたよ!」って言う体を隠しもしないタイトルですが、これは残念ながら邦題だけです。邦題っていうかまあ、トランスフォーマーの人たちがつけた邦題ですけどね
 なにゆえスーサイド・スクワッドに便乗しようとしたかは分かりませんが、本編はスーサイド・スクワッドとはストーリーにもデザインにも関係がありません。だったら、まだ「アリスVSモンスター・スクワッド」の方がよっぽど近いです(まあ向こうは明確にパクってるわけですが)

インビジブル・スクワッド

実際はこんなパッケージなので。

 ストーリーとしては、実に純粋な「ジュブナイルもの」「スーパーヒーロー覚醒もの」なわけです。いじめられっ子の少年が、ふとした時に透明人間になる力に覚醒し、はじめはそれを濫用しながらも、愛しいあの子が悪い組織にさらわれて、助けるためにいじめっ子と協力して能力を駆使して女の子を助ける。事態は収拾し、ヒーローとして覚醒したことはみんなの記憶から消え、ヒーローとして力は使えなくなっても、成長した彼は自分の力でいじめっ子と渡り合う、と。
 そんな典型的で、王道なストーリーです
 王道であるが故に、素直な楽しみ方ができる作品です。ひねくれた人間である私ではありますが、成長する少年とその恋模様には素直に応援せざるを得ません。

 また、映画的にも綺麗にまとめられているのです。

インビジブル・スクワッド
 ヒロインの女の子が可愛い。基本的に主人公の少年にはマイナス印象を持っているのですが(まあ盗撮されたし覗きもされたんでね)、透明人間を素直に受け入れたり、ヒロインとしてストレートに可愛らしいと思える人でした
 でもそれ以上に、いじめっ子たちがどこか憎めないのが良かったです。後に救出対象&協力する味方になる辺りが、何ていうんでしょうね、スネ夫ジャイアンを彷彿とさせられました。なんだよこいつらいいやつじゃん、っていう心地よさが、少年の成長の要素となりながらも、物語の「敵」をしっかりと一つに絞っている。敵は敵で、しっかりと容赦なく、こちらの同情を挟む余地を与えない。
 この明確な線引と、物語の主軸を少年の成長物語に置いたことで、実に楽しみやすい映画になっておりました。

 「スクワッド」などと露骨な便乗を見せておりますが、実際はそれ以上の、一つの映画として立派な作品であると思います。実際、続編への引きを見せておりますのでね。
 願わくば、こういう良作はきちんとしたタイトルを付けてほしいのですがね……。

インビジブル・スクワッド
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ネバーエンディング・ストーリー

ネバーエンディング・ストーリー

 DVDを見て参りました。
 見た映画は「ネバーエンディング・ストーリー」

【ストーリー】
主人公、バスチアンはいじめられっ子で、母を亡くしてからは父親と2人だけの寂しい生活を送っていた。そんなある日、いじめっ子から逃げるために飛び込んだコレアンダー書店で彼は不思議な本「ネバーエンディング・ストーリー」と出会う。本を読むと物語の主人公になれる、本の世界に籠にも乗れる、だから本が好きだと力説する彼に書店の主は「だが、それらの本は読み終われば現実に戻される。この本は危険だ。」と止めるが、どうしても読んでみたいバスチアンはこっそりとその本を盗んでしまった。


評価:
A

 そう~これはね~ おとぎばーなしー(いっつらいかふぁーんたじー)


 大好きだった映画。久しぶりに見返してみました。
 原作者のミヒャエル・エンデがご立腹だったことで有名な映画でもありますが、単純に映画だけで見たら面白いのですよね。
 アトレイユが沼に引き釣りこまれるシーン然り、グモルクとの対話シーン然り、ファンタジー然とした世界観は子供心にワクワクしたものです。

ネバーエンディング・ストーリー

 今にしてみれば、そんなに重厚な話ではないし、結構タイトにまとめられている話であります。それもそのはず、一つの物語の前半だけで終わっていたのですから。原作無視という観点で言えば、昨今の漫画原作ものなど比較にならないほどの原作無視でしょう。何せ、原作者が「それはダメだ」って言っていることを平気でやっているのですから。
 ただ、映画としてはこれが正解である気がします。原作のままにこれをやろうとした場合、詰め込みすぎでとっちらかった印象になるか、かなりの長尺になるかのどちらかでしょう。そして当時の映画製作上の常識として、やはり3時間ものとか2部構成前提とかはできなかったと思うので、2時間程度にギュウギュウに詰め込んだ挙句、薄い作品になってしまったのではないかなと。
 なので、映画はこれが正解だったと思います。少なくとも、一つのストーリーの前半部としてみれば、原作改変という観点から見ても、そこまで無碍なものではないと思うのです(勿論実際はそうでないので、エンデはご立腹だったわけですが)。
 思い出補正も大きいですが、今見ても決して退屈ではない、ファンタジー感覚に溢れた良い作品です。こういう世界観は、恐らくこれからも風化することのない、恒久的なものだと思うのです。

ネバーエンディング・ストーリー

ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー



 映画を見て参りました。
 見た映画は「ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー」



【ストーリー】
帝国軍の誇る究極兵器デス・スターによって、銀河は混乱と恐怖にさらされていた。窃盗、暴行、書類偽造などの悪事を重ねてきたジン(フェリシティ・ジョーンズ)は反乱軍に加わり、あるミッションを下される。それはデス・スターの設計図を奪うという、困難かつ無謀なものであった。彼女を筆頭に、キャシアン(ディエゴ・ルナ)、チアルート(ドニー・イェン)、ベイズ(チアン・ウェン)、ボーティー(リズ・アーメッド)といったメンバーで極秘部隊ローグ・ワンが結成され、ミッションが始動するが……。


評価:
A

 というわけで見てきましたよ! ローグ・ワン!
 以前のフォースの覚醒の時にも言いましたが、私はスター・ウォーズが大好きなのですよ。当然これもウキウキしながら待ち受け、そしてウキウキしながら見ましたよ。
 スター・ウォーズのエピソード4「新たなる希望」に接続するストーリーだということで、あのデス・スターの設計図をいかにして同盟軍が手に入れたか、ということが描かれる話なのです。
 エピソード4を始めて見た時、どこに一番インパクトを受けたかというと、あのオープニングなわけです。字幕でストーリーが流れる、それがはけるとカメラがパンして、惑星を映す、そこに画面手前からやってくる、一見巨大に描かれる宇宙船、それを追いかけるように画面に入る、更に巨大なスター・デストロイヤー。あのインパクトは幼き自分には、映画という文化に自分を引き込むには十分たるものであったのです。
 その、まさしく宇宙船が飛び出し、スター・デストロイヤーが追いかける、その瞬間までを描く映画なのです。自分はこんなに近々まで描くとは思っていなかったので、ラスト少し前にスター・デストロイヤーが出てきた時に「おおっ」となりました。
 そんな、大好きなスター・ウォーズの、大好きなエピソード4に連なるお話。勿論、楽しむことが出来ました。トータルでは面白いと言っていいでしょう。
 しかし、決して不満もなくはないのです。不満はないけど、トータルで+になると、そういう作品だと思うのです。

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処刑女

処刑女

 DVDを見て参りました。
 見た映画は「処刑女」

【ストーリー】
お似合いのカップルであるローリー(ダニエル・リリー)とヒュー(ブランドン・カイル・ピーターズ)は、週末に郊外の新居に移り住む。だが、二人の新しい門出に水を差すかのように、廃校にまつわるうわさが彼らの耳に届く。それは、以前大量殺人事件が起きたその場所に唯一生き残ったものの、精神に異常をきたした犠牲者が今も身を潜めているというもので……。


評価:
D

 まずはパッケージを御覧ください。
 どうです? 実にイカしたデザインでしょう?
 この格好の女殺人鬼が、もりもりと人を殺しまくるわけです。そりゃもう、そんな映画が面白くないわけ無いですよね。

 それではみなさん、また来週~。



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ゴジラvsビオランテ

ゴジラvsビオランテ

 DVDを見て参りました。
 見た映画は「ゴジラvsビオランテ」

【ストーリー】
 1984年、ゴジラが新宿を襲撃した際、その被災現場からゴジラ細胞(G細胞)を密かに盗み出した者がいた。中東サラジア国のエージェントである。その国では遺伝子工学の権威・白神博士がG細胞の研究を行っていたのだ。だが“バイオ・メジャー”と名乗る集団に研究所は破壊され、博士は一人娘の英理加を失ってしまう。一方、ゴジラ襲来から5年後の現在、幼い子供たちがゴジラ復活を予言するような夢を見続けている事が判明する。


評価:
A-

 ゴジラ映画は世に多々ありますが、おそらく自分が初めて映画館で見たゴジラはこれでしょう。
 当時でも一応ビデオ(VHS!)で昭和シリーズは見ていた記憶がありますが、映画館でやっている新作はこれが初の記憶になります。なので、当時として他との比較対象がなかったので、なんとなく「ビオランテが格好良かった」という印象から「映画も面白かった」という記憶がそれなりに強く残っていたので、それが事実かどうかを確認するためにも、見直してみました。

 結論から言えば、色々と思い出補正がかかっていた部分は大きかったですが、それでも十分楽しめる程度には面白かったです。
 まず第一に、やはりビオランテのデザインが素晴らしい
 花獣形態はそうでもないのですが、植獣形態のデザインが非情に攻めていてよいです。「植物」という、動きのない生命体に動きを与えるという、一見矛盾した命題に対して、とりあえず花獣形態では触手を動かすということはやってのけたわけですが、この植獣形態では、「そもそも動く」という、それこそ掟破りのことをしてのけたわけです。じゃあそれでビオランテから植物感が消えたかというとそんなことはなく、植物を思わせる構成をしているのです。その上で、「ゴジラと対になるように」と意識された顔のデザインはゴジラに類似しながらも、ゴジラよりもより醜悪で、そもそも牙が整然と並ばないで、口の中いっぱいに埋められている牙の乱雑さとか、動物の常識が通じない生き物として、デザインされているのがよい。その上でゴジラよりバカでかくて、ゴジラよりも強そう、という印象を樹分に植え付けています。
 まあ、残念ながらそれは印象だけだったんですけどね。映画になってしまうと、思ったよりもビオランテは活躍しません。終始ゴジラに押されっぱなしで、結果良くわからないまま昇天してしまいますから。そもそも、植獣形態がでてくるのも、今見たら唐突感ありますからね。昔は素直に喜べていた記憶があるんだけど。

ゴジラvsビオランテ

 お話の方は、「生物兵器と化したゴジラ細胞を巡る人間たちの陰謀」を軸に、ゴジラの活躍と自衛隊の活躍を絡めていった感じになります。今でこそ、ある程度怪獣映画やアクション映画のフォーマットとしてはメジャーな手法ではありますが、この大昔、それも平成になってゴジラのvsシリーズをやるその初回でこれを盛り込むというのは、結構な冒険だったのではないでしょうか。その前までが昭和シリーズの、ややもすると牧歌的な対決であったことを考えると、大胆に攻めていったように思われます。まあ、外国の俳優さんの演技力に多少ならず難があったのは、揺るぎのない事実ですが。でもまあそれは日本の俳優さんもみんな同じだから、いいよね。
 あとは脈略もなくデーモン閣下が出てきたりとかもしたわけですが、これも当時の(そして今も遠慮なく挟まれる)邦画特有の病気というか、有り体に言うと「本人だけが面白いと思って言ってるギャグ」みたいなものだから、気にせずにスルーでいいでしょう

 総評としては、思い出補正は強かったけれども、映画として十分攻めに出ていた映画であったと思います。今新作としてこれを出されたらそこまでは楽しめないかもしれませんが、それでも、ビオランテの秀逸なデザインだけでカバーできる程度には、よい、というか、意欲ある作品である気がします。

 願わくば、ビオランテを何処かのゴジラ映画にサイド出してほしいなぁ(それがスペースゴジラだったのかも知れませぬが)

ゴジラvsビオランテ

アイアムアヒーロー

アイアムアヒーロー

 DVDを見て参りました。
 見た映画は「アイアムアヒーロー」

【ストーリー】
漫画家アシスタントとしてパッとしない日々を送る、35歳の鈴木英雄(大泉洋)。そんな彼の恋人が、人間を凶暴に変貌させるウイルスに感染して襲い掛かってくる。慌てて趣味の射撃で所持する散弾銃を手に外に飛び出す英雄だが、街はZQNと呼ばれる感染者であふれていた。出会った女子高生・早狩比呂美(有村架純)と逃げるが、彼女は歯のない赤ん坊のZQNにかまれて半分ZQN半分人間という状態に。比呂美を連れてショッピングモールに逃げ込んだ英雄は、そこで藪(長澤まさみ)という勝気な看護師と顔を合わせる。


評価:
A

 ※原作未見です。

 基本的に私は邦画を見ないのですよ。
 別段それは、見たくないから見ないわけではないのです。いや、まあ見たくないから見ないのは間違いないんですけど、見たくない理由は別に「邦画だから」ではないんですよね。いやまあ、それも間違いではないのですが
 なんというかですね、別段邦画でも「面白ければ見るし、見たい」わけですよ。別に製作国によって面白さが可変するなんてことはあるわけがなくて、ハリウッドのビッグバジェットだって駄作は山ほど作るし、知らない国が低予算で佳作を生み出したりもするわけでね。そこで何かを判断することはない。
 ただ、経験則というか、単にデータ上の問題として「邦画を見て面白いものに出会うケースは稀」なわけですよ。勿論邦画にも面白いものがあり、それは分かっているけれども、正直それは誤差の範囲ですらあって、利を得る可能性を排除して計算できるくらい、損をする可能性が高いわけです。
 勿論勿論、「それはサメ映画だって同じだろ」と言われれば反論のしようもないですよ。ただ、サメ映画なんて、映画界の中でも端くれでほそぼそと制作されているようなものじゃないですか。低予算でキャストも無名で、そう言った人たちが排出しているものですよ。そういう、こう言っちゃなんですが完全なる傍流と比べられて満足してるどころか、他人の揚げ足を取りたいがばかりに自ら傍流と並び立つっていうのは、どうかと思うわけですよ。そういうところに邦画の志の低さがあるわけですよね。ついでに言えば、その傍流の映画ですら、ピラニア3Dなんて傑作を生み出したりするわけですよ。予算も後押しも受けてる邦画は何をしてるんだ、って話ですよね。
 もっと言うなら、つまらない映画で比較した場合、サメ映画のつまらなさと邦画のつまらなさは根本的に違う。サメ映画のつまらなさの感想は「時間を無駄にした」って言う虚無感であり、あとには何も残らないけど、邦画のつまらなさは、もれなく押し付けがましい説教臭さと過度にウェットな展開があり、非情にイライラするのですよ。残るのはジメジメジトジトした苛立ちだけで、つまらない邦画を見ると、時間の無駄どころか完全なるマイナスでしかないんですよね。
 だから、面白い邦画を見るために冒険することが出来ない。サメ映画に比べて、失敗する確率は同じくらい低いのに、失敗したときのダメージが段違いに大きい。
 だから、邦画は見れないのです。


 とまあ、ごちゃごちゃ書いた所で、結局この映画は見たわけですよ。
 見た理由としてはいくつかあります。
 まずは、主演が大泉洋だったから。いやねぇ、ガメラ2でエキストラやった上にエンドロールに名前がなかった男が、よくぞまあって感じですよね。「二度と映画にでることないよ」などとボヤいておりましたが、いやいや、エキストラどころかすっかり主演が板につく俳優になって。安田さんはまだ名前が出ると感慨深いものを感じますが、大泉さんはもう、そんなのもないですからね。
 そんな大泉さん主演の「アイアムアヒーロー」ですが、邦画じゃないんじゃないかってくらい、とっても面白かったです
 邦画であることと漫画原作であることでマイナススタートであるわけですが、それを押し切るほどプラスの要素があり、他のB級アクション映画、ないしゾンビ映画と比較しても何ら劣るところはないどころか、より面白いとすら言える作品であると思います。少なくとも、バーニングデッドの2億倍は面白いです。
 元々が「ゾンビ映画」という、ある程度フォーマットの確立されたジャンルであり、本作もそのフォーマットにしっかりと則ってストーリーを展開しています。そもそもがゾンビ映画だという触れ込みであり、そして主人公の英雄が非情にネガティブな人間であることが描写された時点で、映画の方向性が「パンデミックを通じて英雄が覚醒する話」であることは容易に分かるわけです。しかしそれが映画の面白さを減じているわけではなく、むしろ最後に来る「英雄の覚醒」の瞬間のカタルシスそのものが映画の訴求力になっているわけです。
 これはつまり、「王道ストーリー」が普遍的に持つ訴求力で、「わかってるけど楽しみ」の典型的な流れでしょう。
 勿論、ゾンビ映画界隈だけ見たとしても、この手のストーリーは溢れています。うだつの上がらない主人公が危機的な状況でヒーローに覚醒する。しかし、それだけで映画の全てが決まるわけではない。何故この作品が面白いかというと、「何も考えずに見られる」からなんですよね。特に深い思考を巡らせなくても、物語がすっと理解でき、英雄の覚醒ストーリーに没頭することができる。
 それは話が浅いということではなく、語るべきところを明瞭に語り、本質でない部分を削っている、ということなのでしょう。
 今作で言えば、どうして世にゾンビが溢れ出したのか、その説明は一切ありません。でもそれは、この映画では必要のないこと。だから、何も語らない。ただ世界が置かれている状況は、少しずつしっかりと語っていく。

 冒頭に「人間が土佐犬に噛み付いた」ニュースを流して、しっかりとそれを拾う(しかし深く掘り下げない)。
 次に恋人に異常がおき、英雄が見に行くとゾンビ化していた。このゾンビ化を容赦なく描いており、とんでもないことが起きていることを瞬時にわからせる。

アイアムアヒーロー
 ここの動きは本当に怖かった。以降ここまで大胆なゾンビの動きはないけど、はじめに出てくる異変でここまで突き抜けているのが素晴らしい。

 その後職場に行けば、ゾンビ化は更に拡散しており、更に町に行くに連れてゾンビは増えていき、ついには山のようなゾンビが襲ってくる。
 このあたりの一連のフローが、実にきれいに流れていたように思います。何が原因かはわからないけど、とんでもないことが起きていることが、実に端的に表現されていました。
 長期展開を望める漫画や小説であれば、この原因を探るのも勿論楽しみになるのですが、時間の限られている映画でそれをやるのは、「映画の尺が無駄に間延びする」「物語の軸が散漫になる」などのデメリットが大きいので、そこをバッサリ切り落としたのは良い判断だと思います。だからこそ、英雄の覚醒という主軸がしっかり描かれており、覚醒の瞬間。素直に楽しいと思えるのです。
 そうやって「何も考えずに見る」ためには、製作者は色々なことを考えなければならないのです。こういうことが邦画でも、そして漫画原作の映画でもできるのなら、まだまだ全然、見捨てたものではないでしょう。

 楽しかったです。ただ続編はいらない。ここで英雄の覚醒という話は完結しているから。

アイアムアヒーロー
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