ネバーエンディング・ストーリー

ネバーエンディング・ストーリー

 DVDを見て参りました。
 見た映画は「ネバーエンディング・ストーリー」

【ストーリー】
主人公、バスチアンはいじめられっ子で、母を亡くしてからは父親と2人だけの寂しい生活を送っていた。そんなある日、いじめっ子から逃げるために飛び込んだコレアンダー書店で彼は不思議な本「ネバーエンディング・ストーリー」と出会う。本を読むと物語の主人公になれる、本の世界に籠にも乗れる、だから本が好きだと力説する彼に書店の主は「だが、それらの本は読み終われば現実に戻される。この本は危険だ。」と止めるが、どうしても読んでみたいバスチアンはこっそりとその本を盗んでしまった。


評価:
A

 そう~これはね~ おとぎばーなしー(いっつらいかふぁーんたじー)


 大好きだった映画。久しぶりに見返してみました。
 原作者のミヒャエル・エンデがご立腹だったことで有名な映画でもありますが、単純に映画だけで見たら面白いのですよね。
 アトレイユが沼に引き釣りこまれるシーン然り、グモルクとの対話シーン然り、ファンタジー然とした世界観は子供心にワクワクしたものです。

ネバーエンディング・ストーリー

 今にしてみれば、そんなに重厚な話ではないし、結構タイトにまとめられている話であります。それもそのはず、一つの物語の前半だけで終わっていたのですから。原作無視という観点で言えば、昨今の漫画原作ものなど比較にならないほどの原作無視でしょう。何せ、原作者が「それはダメだ」って言っていることを平気でやっているのですから。
 ただ、映画としてはこれが正解である気がします。原作のままにこれをやろうとした場合、詰め込みすぎでとっちらかった印象になるか、かなりの長尺になるかのどちらかでしょう。そして当時の映画製作上の常識として、やはり3時間ものとか2部構成前提とかはできなかったと思うので、2時間程度にギュウギュウに詰め込んだ挙句、薄い作品になってしまったのではないかなと。
 なので、映画はこれが正解だったと思います。少なくとも、一つのストーリーの前半部としてみれば、原作改変という観点から見ても、そこまで無碍なものではないと思うのです(勿論実際はそうでないので、エンデはご立腹だったわけですが)。
 思い出補正も大きいですが、今見ても決して退屈ではない、ファンタジー感覚に溢れた良い作品です。こういう世界観は、恐らくこれからも風化することのない、恒久的なものだと思うのです。

ネバーエンディング・ストーリー
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アリスvsモンスター・スクワッド

アリスvsモンスター・スクワッド

 DVDを見て参りました。
 見た映画は「アリスvsモンスター・スクワッド」

【ストーリー】
人間の知らないところで、光と闇の戦いは始まっていた。スティルツキンが“魔法の鏡”を壊したせいで、ワンダーランドの魔物たちが現代のロサンゼルスに飛び出してきたのだ。冥界からやって来た“死神”は、現世の支配を狙って暗躍。《毒をもって毒を倒す》ため、アリスはおとぎ話の悪党たちを集めたチームを結成し、死神の軍団を倒そうとする。だが、一筋縄ではいかない悪党どもをまとめるのは容易ではない。そして遂に、死神軍団の攻撃が始まるが……。


みんしーやん的評価:
D

 やあ、正直ちゃんと見てませんでしたわ。途中で寝ちゃったからね。

 ただまあ、そのくらいの作品であるということですよ。
 放題のみならず、原題、及びそもそものコンセプトからして、「アリス・イン・ワンダーランド」「スーサイド・スクワッド」意識しまくった、というか、便乗しまくったのは明々白々。さらに言うなれば、「イン・トゥ・ザ・ウッズ」「アベンジャーズ」に便乗しまくった「グリムアベンジャーズ」の結構明確な続編でもあり、製作者の意図としては、「あの大人気グリムアベンジャーズの続編!」という体でリリースしたのでしょう。
 いやいや、そもそもグリムアベンジャーズ微妙だったから。人気ないから。
 そんなこんなで、版権も説明も必要ない童話の人物を主役に据えた、アサイラム・シネマティック・ユニバース的な世界観に勝手に位置づけられるであろう本作です。

 いやね、つまんないのびっくりするくらいつまんないの
 スーサイド・スクワッドを意識しまくったのはいいですよ。何一つ還元されてないですからね
 童話の悪者を出しました⇒ちょっとスーサイド・スクワッドに似せました⇒満足
 これで終わりだから。
 似せるにしても、もっとやりかたあるんじゃないの、ってくらいひどいですからね。
 ハーレイ・クイン風の人が「3匹のくま」のゴルディロックスってことですけど、金髪以外に共通点あるのですかね。

アリスvsモンスター・スクワッド

 ルンペルシュティルツヒェンがジョーカー風なのもどうなのって感じだし。
一番ひどいのは、エンチャントレスを人食い魔女に当てられてるんだけど、人食い魔女が全く可愛げがなくて困った。

アリスvsモンスター・スクワッド

ちなみにこちらがエンチャントレス。可愛い!

スーサイド・スクワッド

 まあ、結論から言えば、見なくていいです。見る必要ないです。アサイラム・シネマティック・ユニバースの顛末を、人生の何よりも気にしている人だったら見てもいいと思いますが、そうじゃない人は、スーサイド・スクワッドの予告編を見たほうがマシです。できればそのまま本編も見ていただきたい。

ヤコペッティの大残酷

ヤコペッティの大残酷

 DVDを見て参りました。
 見た映画は「ヤコペッティの大残酷」

【ストーリー】
昔むかし、ウェストファリアの城に心優しき無垢な青年カンディードがいた。師パングロスの「すべてこの世は善」という教えに従うカンディードは、城主の娘であるクネゴンダ姫に恋焦がれる身。だがある日、庭の草むらで愛し合おうとしたその時に、城主に見つかり城を追放されてしまう。故郷を追われたカンディードは姫との再会を夢見て世界をさまよう。戦時下のブルガリア、拷問だらけの異端審問、現代のニューヨーク、紛争絶えないイングランド、女兵士が戦うイスラエル……。はたしてカンディードはクネゴンダ姫と再び会えるのだろうか?


みんしーやん的評価:
B

 古い作品でありますがね。

 「グァルティエロ・ヤコペッティ」と言えば、現代映画史の授業なんかでは名前が出てくるような人だと思います(その手の授業受けたことはないですが、出てきますよね!?)
 詳しくはググれというところですが、簡単に説明しますと、いわゆるモンド映画とジャンル付される「衝撃的で目を背けたくなるような事象、風習、場面を見世物感覚で編集した映画」で、走りというわけではありませんが、ほぼその位置に立っていた人です。自分は未見なのですが「世界残酷物語」(原題:Mond Cane)が世界的に有名になり、そのMondoをとって、モンド映画と呼ばれるようになったらしいです。とって、と言うか、Mondoをタイトルにつけた映画が山ほど出てきたから、ってことなんですけどね。
 モンド映画の是非についてはあると思います。結果的に「やらせ」「嘘」が満載だったわけで、どんなにキレイ事で締めたところで差別意識にまみれたものであることに疑いようはないわけですから。
 ただ、一つのムーブメントを生み出したという事実は、それが時代背景や運に根ざしたものだとしても、評価すべきことだとは思うのですよ。
 ところで、この人2011年になくなっているのですね。すごく最近まで生きてたんだ……。

 さてさて、それでこの「ヤコペッティの大残酷」です。「世界残酷物語」から「残酷」とあからさまな邦題がつけられていますが、実際のところはモンド映画ではなく、立派な劇映画です。
 原作はヴォルテールの「カンディード」ということですが、原作は未見であらすじくらいしか知りません。それでも、この映画が「原作通りに書いてない」ことはわかります。だって現代ニューヨークとかにいちゃうんだもんね。物語を逸脱しながら、ニューヨークに、アイルランドに、イスラエルに飛んでいき、そこで人間の凄惨さをつらつらと描いているわけです。
 もうね、救いなんかないわけ。
 一番凄惨なのは、お姫様がどんどんビッチになっていくことでしょうか。
 そもそもスタートに127回犯されたって時点で、お姫様自体は「完全に和姦じゃねぇか!」ってくらいやる気満々だし、その後四人の所有物になったところも、そんなに嫌がってる感じがしない。っていうかまあ、冒頭カンディードとイチャコラしてる時点で目覚めちゃってる感があるから、ある意味ここが一番残酷なところなんじゃないですかね。
 結局、男子は自分の性的快楽は棚上げして女子に清らかさを求めるけど、女の子だって楽しいことはしたい、ってことなんでしょうかね。
 そんな愛すべき美しいお姫様とのすれ違いは、最終的に老婆と成り果てたお姫様と再開によって幕を引く。かつての魅力を失い、もはや誰にも相手にされなくなった(であろう)醜い女性が求めるのは、かつて自分を愛すと言ってくれた男だけ。しかし男は、その彼女にはかつての情熱を感じることなく、ただ、彼女を愛していたという「責任」に駆られ、彼女のそばにいる。
 これもまた、非常に残酷な結末。かつては心から愛していたはずなのに、心から愛すことができなくなっても、愛という責任において縛られ続ける
 悲惨な現実やら何やらがつらつら描かれていましたが、結局一番の悲劇はここなんじゃないでしょうかね。
 となると、これって原作の趣旨と非常に似通っていて、切り口や描き方が非常に意地悪なのは否めませんが、ただのキワモノではない、案外しっかりとした作品なのではないかと、思うわけです。

 ちなみに、見た映画は修正などが一切されていないものでしが、この時代のものとなると、女の子が全裸になってたとしても性的な視線にはならないよね。
 となると、今の世の中で性的だの自主規制だの言ってるあれこれって、非常に刹那的な問題ではないのかな、と思ってもみたり。

マーラとバイキングの神々

マーラとバイキングの神々

 不思議な方法で映画を見て参りました。
 見た映画は「マーラとバイキングの神々」

【ストーリー】
マーラは、心の奥から聞こえる奇妙な声に悩まされていた。「君は予言者だ。使命を果たせ」。不思議な力に導かれ、神々の世界に足を踏み入れたマーラ。そこで彼女は、洞窟に幽閉されている半神ロキと出逢う。ロキは、炎の邪神ローゲにさらわれた妻のシギュンを取り戻す使命をマーラに託した。果たせなければ、この世は終末の日《ラグナロク》を迎える。マーラは北欧神話の専門家ヴァイシンガー教授と共に、世界を救うため、火の山に住むローゲに戦いを挑むが…。


みんしーやん的評価:
B+

 ところでみなさん、「アルバトロス・フィルム」と聞いてどんなことを思い浮かべるでしょう?
 とある都市の主要駅で100人に聞きました。
 「信用ならないB級映画の制作会社!」
 さあ答えはあるか!?
 あるあるあるある!

 うるせぇバカ!!!

 失礼、記憶の奥底で、昔は気づかなかったバラエティの下品な演出を思い出してイライラしました。っていうか、バラエティの品位が落ちてるとか言ってる人がいますが、往時から倫理観なんてものはなかったわけですよ。
 でまあ、倫理観がなんというのであればアルバトロスという会社も一緒なわけですけれどね(話が繋がった)
 アルバトロスといえば、多数のB級映画を販売している日本の配給会社として有名です。 「アルバトロス=B級パニックホラー」の図式は今や動かしがたいものがあり、やけにCG感丸出しのパッケージだなぁと思って裏面を見てみれば、Aに鳥がかぶってるロゴが書いてあるなんてことは、日常茶飯事なわけです。それならまだしも、気になってレンタルしてみた映画の予告編で、このロゴがでてきたり、あとパチンコ玉みたいな銀の球に「PW」って赤字が印字された、やっすいロゴが表示されたりすると、「しまったこれプライムウェーブだ!」とがっかりするとともに、向こう90分を無為に過ごすことを強いられるわけです。
 そんなイメージがすっかり定着し、そしてそれを払拭しないどころか、メリットくらいに思っている(じゃなかったら「あのアサイラムが」みたいな宣伝文句は使わない)アルバトロスさんですが、別にアルバトロスさんもがっかりする映画ばかりを売っているわけではありません。あ、いや、誤差の範囲ではありますけど。

 そんな誤差の一本が、この映画です(長い前置き)。
 ストーリーは奥ゆかしいジュブナイルもの。いじめられっ子で内気な女の子が、不思議な力を身に着けて、その力におぼれ後悔しながらも、世界を救うために冒険する。世界は救われ、少女は成長する。めでたしめでたし。
 ストーリー自体にそれほど意外性はないけれども、それ故に安心できる造りです。この手のいわゆる王道的なストーリーは、やはり普遍性があるから受け入れられているのだなぁと思います。
 何も目新しいことをするだけがクリエイティビティじゃないのですよ。類型的なものをしっかりと描き切ることだって素晴らしいことなんですよ。
 悪いやつがやられて、みんなが幸せになる。ついでにいじめっ子もいじめられっ子も自分を見つめ直し、これぞといった感じでハッピーエンドな話です。

 まあ、さっき言ったみたいに類型的な話でありますので、あえて見る必要はないかな、とは思いますが、ふと目にする機会があれば見ていただければ、とりあえず損することはない一本だと思います。

 ただ、納得いかない点が数点ありまして。
 まず、これはドイツの映画なんだから、字幕の訳も「雷神ソー」じゃなくて「雷神トール」でいいのではないかと。実際中の人たちは「トール」と発音していたし、日本では「トール」の方が通りがいいはずなので、ここは「トール」と訳すべきだと思うのですよね。明らかに「マイティ・ソー」に引っ張られすぎ
 あとは邦題の「バイキングの神々」ですが、まあ間違いじゃないんですけど、これも正しくはないと思うんですよね。別段北欧神話はバイキングのみに信仰されていたものでもないし、仮にそうだとしても、神々は「トール」とロキとロキの奥さんだけなので、「神々」というのは少し違う気がします。そもそも、原題は「Mara and the Firebringer」で、「Firebringer」は「火をもたらすもの」程度の意味なので、物語的には合致していても邦題とはかけ離れているように思われるのですが。意訳というよりは、やはり「マイティ・ソー」に引っ張られた感じかなと。

 あと、映画とは直接関係ないですけど、とある「タイトルでググったら上位のほうに来る『感想サイト』」では「マイティ・ソーでの腐女子人気を考慮してロキを味方にした」と断じておりましたが、いやいや、ドイツの映画だから日本の腐女子関係ないじゃん。
 本当にもう、こういう人は、頭蓋を切開して、脳を取り出して代わりにメロンパンでも入れておいた方が、世の中の役に立つんじゃないかなと思います。害悪にならないという意味で

 あと、これは本当に映画とも全く無関係だし、しょうがないことなんですけれども、ミルニョルみたいな、打出の小槌的な柄の短い小さなハンマーって、武器としては非常に格好悪いと思うのですが……。

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