ゴジラvsビオランテ

ゴジラvsビオランテ

 DVDを見て参りました。
 見た映画は「ゴジラvsビオランテ」

【ストーリー】
 1984年、ゴジラが新宿を襲撃した際、その被災現場からゴジラ細胞(G細胞)を密かに盗み出した者がいた。中東サラジア国のエージェントである。その国では遺伝子工学の権威・白神博士がG細胞の研究を行っていたのだ。だが“バイオ・メジャー”と名乗る集団に研究所は破壊され、博士は一人娘の英理加を失ってしまう。一方、ゴジラ襲来から5年後の現在、幼い子供たちがゴジラ復活を予言するような夢を見続けている事が判明する。


評価:
A-

 ゴジラ映画は世に多々ありますが、おそらく自分が初めて映画館で見たゴジラはこれでしょう。
 当時でも一応ビデオ(VHS!)で昭和シリーズは見ていた記憶がありますが、映画館でやっている新作はこれが初の記憶になります。なので、当時として他との比較対象がなかったので、なんとなく「ビオランテが格好良かった」という印象から「映画も面白かった」という記憶がそれなりに強く残っていたので、それが事実かどうかを確認するためにも、見直してみました。

 結論から言えば、色々と思い出補正がかかっていた部分は大きかったですが、それでも十分楽しめる程度には面白かったです。
 まず第一に、やはりビオランテのデザインが素晴らしい
 花獣形態はそうでもないのですが、植獣形態のデザインが非情に攻めていてよいです。「植物」という、動きのない生命体に動きを与えるという、一見矛盾した命題に対して、とりあえず花獣形態では触手を動かすということはやってのけたわけですが、この植獣形態では、「そもそも動く」という、それこそ掟破りのことをしてのけたわけです。じゃあそれでビオランテから植物感が消えたかというとそんなことはなく、植物を思わせる構成をしているのです。その上で、「ゴジラと対になるように」と意識された顔のデザインはゴジラに類似しながらも、ゴジラよりもより醜悪で、そもそも牙が整然と並ばないで、口の中いっぱいに埋められている牙の乱雑さとか、動物の常識が通じない生き物として、デザインされているのがよい。その上でゴジラよりバカでかくて、ゴジラよりも強そう、という印象を樹分に植え付けています。
 まあ、残念ながらそれは印象だけだったんですけどね。映画になってしまうと、思ったよりもビオランテは活躍しません。終始ゴジラに押されっぱなしで、結果良くわからないまま昇天してしまいますから。そもそも、植獣形態がでてくるのも、今見たら唐突感ありますからね。昔は素直に喜べていた記憶があるんだけど。

ゴジラvsビオランテ

 お話の方は、「生物兵器と化したゴジラ細胞を巡る人間たちの陰謀」を軸に、ゴジラの活躍と自衛隊の活躍を絡めていった感じになります。今でこそ、ある程度怪獣映画やアクション映画のフォーマットとしてはメジャーな手法ではありますが、この大昔、それも平成になってゴジラのvsシリーズをやるその初回でこれを盛り込むというのは、結構な冒険だったのではないでしょうか。その前までが昭和シリーズの、ややもすると牧歌的な対決であったことを考えると、大胆に攻めていったように思われます。まあ、外国の俳優さんの演技力に多少ならず難があったのは、揺るぎのない事実ですが。でもまあそれは日本の俳優さんもみんな同じだから、いいよね。
 あとは脈略もなくデーモン閣下が出てきたりとかもしたわけですが、これも当時の(そして今も遠慮なく挟まれる)邦画特有の病気というか、有り体に言うと「本人だけが面白いと思って言ってるギャグ」みたいなものだから、気にせずにスルーでいいでしょう

 総評としては、思い出補正は強かったけれども、映画として十分攻めに出ていた映画であったと思います。今新作としてこれを出されたらそこまでは楽しめないかもしれませんが、それでも、ビオランテの秀逸なデザインだけでカバーできる程度には、よい、というか、意欲ある作品である気がします。

 願わくば、ビオランテを何処かのゴジラ映画にサイド出してほしいなぁ(それがスペースゴジラだったのかも知れませぬが)

ゴジラvsビオランテ
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ガメラ 大怪獣空中決戦

ガメラ 大怪獣空中決戦

 不思議な方法で映画をみました。
 見た映画は「ガメラ 大怪獣空中決戦」

【ストーリー】
プルトニウム輸送船「海竜丸」の警護にあたっていた海上保安庁の巡視船に、「海竜丸」が座礁したとの連絡が入った。その環礁はまもなくまるで生き物のように「海竜丸」から離れていった。その頃、福岡市の動物園に勤める鳥類学者・真弓(中山忍)は、五島列島の姫神島で消息を絶った恩師・平田を心配して県警の大迫とともに島に飛んでいた。彼女がそこで見たものは、巨大な鳥によって破壊しつくされた島の変わり果てた姿だった。一方、「海竜丸」の座礁事件の謎を追う保安庁の米森(伊原剛志)は、海上保険会社の草薙を頼って調査船に乗り込む。太平洋上で環礁を発見し上陸した米森たちは、そこで不思議な金属片と、碑文の書かれた大きな石碑を見つける。ところがその瞬間、環礁は再び生き物のように動き出した…。


みんしーやん的評価:
A

 何故今このタイミングでガメラなのか、というと、「シン・ゴジラ」が流行っているからです。
 いや、この表現は正しくないですね。
 「シン・ゴジラ」を「高く評価する人」が「いる」からです。
 ここでは、改めて平成ガメラの第一作目であるこの作品を取り上げることで、「シン・ゴジラ」が果たして映画として、特に「怪獣映画」として、高評価する人たちが感じるものほどの面白みがあるのか、つまり、シン・ゴジラへの評価が、単なる歪んだナショナリズムが充足された快楽から来ているものなのではないかと、改めて検証したいと思います。
 わかりやすく言うと「今セックスしてる真っ最中だから可愛いって思ってるんだろうけど、本当にその子可愛い? 君の好みなの?」ってことですよね。

 とりあえず、この「ガメラ 大怪獣空中決戦」について、「怪獣映画」という観点から評価していきたいと思います。
 怪獣映画という点以外にも、例えば藤谷文子が出てきた時に「あなたのお父さんならギャオスも一撃じゃないですかね?」と思ったりとか、あとはギャオスが逃げる時のBGMが流れると、否応なく四国かどこかに連れて行かれるんじゃないかと思うとか、ということも語りたいわけですが、とりあえずセガールどうでしょうの話はおいておきます。


 「シン・ゴジラ」の方のネタバレに関わりそうなのでちょっと分けます。

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シン・ゴジラ

シン・ゴジラ

 映画を見て参りました。
 見た映画は「シン・ゴジラ」



【ストーリー】
東京湾で大量の水蒸気が噴出するという現象が起き、同時に海底を通る東京湾アクアラインでもトンネル崩落事故が発生する。これを受けて政府では緊急会議が開かれ、事故の原因を海底火山や熱水噴出孔として対応を進める。その際、ネットの動画で海上に出た何者かの影をみていた矢口蘭堂内閣官房副長官は、未知の巨大生物が海底に潜んでいるのではないかと疑問を呈するが、証拠もなく一笑に付される。しかし間もなくして巨大生物が海上に現れ、多摩川河口から呑川へと這いずるようにして移動、さらに大田区蒲田に上陸し北上をはじめる。


みんしーやん的評価:
B-

 シン・ゴジラの監督が庵野秀明に決まった時、世間的には「やった! この人に任せておけば安心だ!」みたいな空気が確かにあったわけですが、正直その時から「いや、この人肝心なときにずっこける人だぜ?」と思ったものです。つい最近エヴァを見なおして思いました。あと真作ってなかったしね

 まあそれはいいとして。

 他のレビューでも色々言われていることですが、正直これは「怪獣映画」ではないですよね。
 災害映画、いわゆるディザスター・ムービーというやつです。
 そういう意味では、映画のジャンルの傾向として近いのは、「2012」だったのではないかと思います。
 「2012」は未見ですが、物語を語るラインとしてはその辺りが近かったと思います。
 とは言え、「ゴジラ」の名を冠した上に、実際我々のよく知る形状のゴジラが出てくるわけですから、やはりこれは怪獣映画であり、ゴジラ映画でもあるわけですよ。というか、誰かが「いやいや、怪獣映画じゃないですよ、何勘違いしてるんすかプークスクス」くらいに言ったところで、「しらねぇよ、ゴジラ出てんだろうが!」というのは明白な事実であるし、「そもそもなんでお前が映画のジャンルを決めてるんだよ、映画のジャンルを決める担当の神かよ」ってなるので、災害映画としても、怪獣映画としても、そしてゴジラ映画としても、色々言っていこうと思います。

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GODZILLA ゴジラ

GODZILLA ゴジラ

 BDを見て参りました。
 見た映画は「GODZILLA ゴジラ」

【ストーリー】
日本の架空都市・ジャンジラには原子力発電所があり、街には原発の技術者たちやその家族が住んでいた。ブロディという技術者夫婦とその息子・フォードは日本の伝統的な家屋で暮らしていたが、原発が謎の事故でメルトダウンしてしまい、妻・サンドラは事故に巻き込まれて死んでしまう。
それから15年後。フォードは米軍の大尉になっていた。戦地からアメリカに帰還し、家族との楽しい日々を送ろうとした矢先、日本で父・ジョーが逮捕されたという連絡が入る。水をさされた形で日本にやってきたフォードをジョーが説得し、ジャンジラに不法侵入して事故の真相を探る二人。
巡回していた警備員に捕まり、彼らは原子力発電所跡地に立てられた謎の施設に送り込まれる。施設では芹沢博士が放射線を吸収し続ける謎の生物の卵を観察していた。芹沢博士は15年前、フィリピンの炭鉱で巨大生物の化石を発見しており、それがきっかけで施設の最高責任者に任命されていたのだった……。


みんしーやん的評価:
A

 というわけで、ギャレゴジの話をしていたら見たくなったので見ました。

 まあ、この後書こうと思う「シン・ゴジラ」である程度かぶることを言ってしまうので、こっちはさっくりと進めたいと思います。

 怪獣映画、という括りの中ではありますが、非常に面白い映画だと思いますよ
 やはり怪獣が非常に魅力的に描かれているように感じます。ゴジラ、そしてムートー、どちらもフルCGの怪獣でありながら、非常に表情豊かに描かれています。特にムートーなんか「生物間を感じさせないデザインを意識した」という割には、非常に感情豊かな動きをしているじゃないですか。つがいでイチャイチャしたり、子供を爆破されて激おこだったり。そりゃそうだよ、子供が爆破したらお母さん起こるよ。
 ゴジラはゴジラで、大きくため息を吐いてみたり、そもそも最後の熱線だって、あのダイレクト噴射はゴジラの悲壮感がありありと詰まっているではないですか。
 まあ、そういうエモーショナルなところが、ゴジラには似つかわしくない、と思われるのでしょう。
 後は怪獣たちの感情だけでなく、怪獣が登場する場面にも非常に気が使われています。画面の中で起こる何かを視線で追いかけていくだけで、巨大な怪獣に到着するというのは、非常によい演出なのではないでしょうか。秀逸なのはハワイのゴジラ登場までの場面で、「停電⇒復帰で線路にそって該当がついていく⇒その先にムートーがいる」流れと、「人間がムートーを攻撃し、その光が移動していく⇒その先にゴジラが」という流れは、怪獣映画としてだけでなくても、魅力的な構造でしょう。

 ストーリーは、まあ基本王道なので、可もなく不可もなく。しいて言うならば、主人公がムートー、もしくはゴジラに対して因縁を感じていないので、そもそもこの人が主人公である、意味が無いのですよね。せっかくお父さんとムートーの因縁があるんだから、ここをもっと掘り下げていくべきではないのかな。終盤でゴジラと何かシンパシーめいたものを感じていましたが、それも唐突過ぎて、あまりゴジラと彼がリンクしない
 核兵器の扱い方や日本の描き方については、それを過度にあげつらう輩が多いのは承知していますが、意識していないものを正しく表現することは出来ないので、仕方ないのではないですかね。じゃあ東京のテレビ局がドラマで青森を舞台に画を撮るときに、青森の実情に沿った描き方をするのか、って話ですよ。ステレオタイプな表現しかしないでしょ?
 どうせ都会は映さないで、ハズレの存分に残った自然、もしくは判で押したようにリンゴ農家を舞台にして、勿論住んでる人全員が現在進行形で津軽弁を使いこなしているんでしょう。それと何が違うのか、って話ですよ。
 これがドキュメンタリーや、ドキュメンタリータッチの映画であれば勿論大問題ですが、怪獣映画なら十分無視できる。そもそも日本の怪獣映画ですらそうなのに、なんで他所様にだけいけしゃあしゃあと文句が言えるのか、って話ですよ。

 まあまあ、確かにストーリーに疑問はいっぱいありますが(そもそも基本的な骨子がガメラと似通っているのは、確かに圧倒的な事実)そこに目を瞑るに値する、怪獣映画としての魅力があると思います。

 あとの不満は、結局渡辺謙は何もしてなかった、ってことでしょうかね。

ゴジラvsデストロイア

ゴジラvsデストロイア

 DVDを見て参りました。
 見た映画は「ゴジラvsデストロイア」

【ストーリー】
ゴジラとその同族・リトルゴジラは南太平洋上のバース島※で静かに暮らしていた。ある日、バース島の地下にある高純度の天然ウランが自然核爆発を起こし、それと同時にゴジラとリトルも姿を消した。
1ケ月後。香港に出現したゴジラは体全体が赤く光っており、口から吐く放射熱線の色もいつもの青みがかった色ではなく、赤い色をしていた。
ゴジラはバース島の爆発の影響で体内の核エネルギー制御が不安定になっており、いつメルトダウンを起こしてもおかしくない状態になっていたのである。
一方、とある工事現場で不可解な事件が相次いでいた。そこはかつて、芹沢博士という科学者がオキシジェン・デストロイヤーという兵器を使用し、命を賭してゴジラを葬った場所であった。


みんしーやん的評価:
B

 映画には様々なジャンルがあるわけですが、その全てを、同じメソッドで評価しては行けないと思うのですよ。
 例えば、ゾンビ映画ミステリーは全く違う映画だし、それぞれの映画に求めるものも違ってくる。ミステリーなら重要なのは、シナリオがしっかり練りこまれているか否か、不要な突っ込みをいだかせることなく且つシナリオが観客を騙してくれるか否か。逆に、ゾンビ映画ならそんな細かい整合性はどうでもよくて、突っ込みどころが多彩だとしても、ゾンビ描写とそのゾンビに食われたり倒したりする個々のシークエンスで十分盛り上がれるのなら、それは全く問題がないわけです。
 何故なら、ミステリー映画で見たいのは「犯人探しとそこに至るまでの練りこまれた脚本」であり、ゾンビ映画に求めるのは「ゾンビとそれに食われたり倒したりするところ」なわけです。
 なので、ゾンビ映画に対して「脚本がー」って理由で評価をしないのは、正しい評価ではないと思うのですよね。
 「怪獣映画」なるジャンルも、評価としてはかなり特殊な部類に至るのではないでしょうか。

 怪獣映画に期待するものは、シナリオの重厚さなどではなく、まあ勿論それもあるに越したことはないのですが、それよりも重要なのは、「どれだけ怪獣に魅力を持てるか」「その魅力を魅せるような描き方をしているか」という点に絞られるのではないでしょう。
 その点でいえば、ハリウッド版のゴジラ(ギャレゴジ)は、自分の中ではかなり評価が高い。脚本は確かに緩いところがありますし、ドラマ部分にはそれほど魅力を感じませんが、怪獣描写は大変魅力的です。ハワイでゴジラが出てくるところ、MUTOのつがいがイチャコラしているところ、ゴジラが放射熱線を吐く煙の中のシーン、放射熱線をメスMUTOにダイレクト噴射するところ。これだけでもう、十分ウキウキできます。

 さてさて、ではこの「ゴジラVSデストロイア」はどうでしょうか。

 ゴジラの造形は大変良いと思います。赤いゴジラってのがインパクト大きいし、それがゴジラの生態である、放射能に由来するところも、怪獣の造形としてはポイントが高いでしょう。
 逆に、デストロイアの方はその魅力に欠けるような気がします。「オキシジェン・デストロイヤー」という歴史的な遺物に、更に現在進行形の意義を与えたという点は評価できますし、そこから生まれた怪獣、というのも怪獣の構造としてはありです。ただ、それが何故、あの形態になるのか、そしてあの超進化に繋がるのかが、いまいち説明不足、仮に説明をされていても、いまいち腑に落ちないと言わざるをえないでしょうか。
 少なくとも、真っ赤なゴジラほどしっくりは来ていません。
 全体的なフォルムも、妙に動きが固そうで、あんまり格好がよく見えないのですよね。キングギドラやビオランテが怪獣として評価が高いのって、首とか触手とかがうねうね動くのが、非常に生物的で、怪獣という生命として格好が良いからだと思うのですよね。
 なんていうか、フォルムから連想するのがドラクエ系統のラスボスっていうか。なんかデフォルメされている感があるのですねよ。子供が喜びそうっていうか。いや、その事自体は悪いことではないんだけれども、怪獣としての魅力にあふれるかと言われると、そこは疑問に思わざるを得ない、というのが正直なところ。
 あとはライバル怪獣として、それほどゴジラに対して優位に立っていたイメージがないのもポイントが低いところか。


 シナリオとしての評価は……うん、まあ、ね。
 ちょいちょい役者陣の演技プランが、ちょっとばかしリアリティに足りないな、と思ったり、後はそもそも役者陣の選出が、当時の著名な役者ばかりで、演技的には選出されていないのだろうなと、思うところもありはしますが、まあそこは怪獣映画なのでね!

 というわけで、可も不可もなく! 赤いゴジラはかっこいい!
 こんなところで!
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